2009年12月31日

Tokyo Copywriters' Street

Tokyo Copywriters' Streetは
毎週木曜日の21時20分から、TokyoFMで放送されます。
ここではその原稿と音声を掲載しています。
最近の記事以外は左サイドからお好きな番組へジャンプしてください。



下の画面をクリックしても過去の音声が聴けます。
戻るときは余白をクリックしてください。
タグ:top
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2009年11月30日

11月のTokyo Copywriters' Street

11月のTokyo Copywriters' Street 放送予定

11月5日 一倉宏 & 大川征義
11月12日 小野田隆雄 & 久世星佳 
11月19日 福里真一&瀬川亮
11月26日 中山佐知子大川泰樹 

ナビゲーター:青木菜な
テーマ音楽:大河内元規

*Tokyo Copywriters' Street 09ライブの原稿と音声は5月16日の日付で掲載しています
原稿へのリンクはこちらから

秋山晶
仲畑貴志
小野田隆雄
一倉宏1 一倉宏2 一倉宏 3 一倉宏4
福里真一
名雪祐平
古田彰一
岡本欣也
中村直史
高崎卓馬
山本高史
中山佐知子
タグ:予告
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2009年11月05日

一倉宏 09年11月5日放送

futta2565m.jpg

 幼稚園のトンネルで
             ストーリー 一倉宏
                出演 大川征義

いまでもあるだろうか
僕の通っていた幼稚園の庭には 高さ1m50cmほどの
土を盛った「お山」があり これも全長1m50cmほどの
「トンネル」が貫通していて 園児たちに人気の遊び場だった
自分たちの背丈より高い 「お山」の頂上からの眺めは
なかなかのものだったし 雪でも降った朝には
「お山」は絶好のゲレンデと化し 小さなスキーヤーでにぎわった
スキーヤーは 滑っては転び はしゃぎまわった
そして 園庭の短いトンネルを抜けると そこは雪国だった
トンネルの暗闇から白い世界に抜け出す その瞬間が感動的で
僕らはなんども 「トンネルを抜けると雪国」ごっこを繰り返した
僕はまだ 本物のスキーをしたことも 
川端康成を読んだこともなかったけれど その感覚は知っていた
幼稚園の「お山」と「トンネル」で 学んだのだ

『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』
というタイトルの本が ベストセラーになったことがある
正直にいえば 僕はその本を読んでいない
読んではいないのだけれど そのタイトルを見ただけで 
だいたい何が書いてあるかを 想像できた
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」
たしかに それはいえると 僕は思う
ただし 僕の場合は「砂場」ではなく 「お山」と「トンネル」で
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園のお山とトンネルで学んだ」
こういい直せば それは僕自身の実感に さらに近づく

「お山」で学んだいちばんのことは 「競争社会」だ
高さ1m50cmばかりの小さな山でも 当然のように
みんな その頂上を目指すことに 夢中になる
特に 男の子たちはそうだ しかも 独り占めしようとする
後から来る者を追い払い 先に立つ者をひきずり落とす争い
これに似た状況は 大人になるほど ますます経験するではないか
幼稚園の庭に 小さな山がつくられた理由は
こんな社会の仕組みを 疑似体験させるためだったかもしれない

そして「トンネル」から学んだことは いまでも悩ましい
山登りのポジション獲り合戦を 好まなかった僕は
というより そういう争いでは負けてばかりの僕は
小さな山の頂上よりも 小さなトンネルの空間を好んだ
そこは 弱き者 争いに参加しない者たちの 安息の場所だった
山の上の争いよりも その静けさが好きだった 
そしてある日のこと 忘れがたい出来事が そこで起きた
気がつけば 同じ組のみどりちゃんと トンネルの中でふたりきり
コンクリートの冷たい壁にもたれ 肩も触れ合うほどの距離
みどりちゃんが囁いた 「ひろしくんは なにがしたいの?」
そのとき なんて答え 彼女のご機嫌を損ねたかを 思い出せない
みどりちゃんは ぷいっと横を向いて トンネルを出ていった
僕は予感した もしかしてこの世界には 山登りの成功よりも 
もっと甘美な ひそかな歓びが あるのかもしれない 
けれど それはそれで 簡単なことじゃない らしい

「人生のむずかしさはすべて幼稚園のお山とトンネルで学んだ」
いまの僕なら こういってみたい気がする





shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋



タグ:トンネル
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2009年10月29日

中山佐知子 09年10月29日放送

火山a.jpg

1000と100年も昔の秋
                 ストーリー 中山佐知子
                    出演 大川泰樹      

およそ1000と100年も昔の秋だった。

京の都では
太陽が月のように暗いと民衆が騒いだ。
同じ頃、青森の十和田の山では
記録にもないほどの大規模な噴火が起こっていた。
都で太陽の光を遮っていたのは、
時速100キロの気流に飛ばされてきた火山灰だったのだ。

火を吹く山の近隣はすべて焼き払われた。
マタギの小屋、森の樹々、山里の村…
雪崩のような勢いで流れ落ちる火砕流の上には
熱い入道雲が湧き上がった。
入道雲は雨だけでなく灰も降らせた。

溶岩や灰は東北一帯を覆い各地で川を塞き止め
再び土石流を押し流す凶暴な洪水を引き起こした。

この前代未聞の噴火から一匹の龍が生まれた。

雄の龍と人間の女から生まれたマタギの八郎が
三十三夜の間水を飲み続けて姿を変え
十和田湖に棲み着く龍になる、という物語だった。

八郎はやがて人間の行者によって十和田湖を追われ
新しい湖の土地を求めて青森、岩手、秋田を放浪する。

龍の力をもってすれば
山を動かし川を塞き止めて湖をつくることはできる。
しかし、どこにも神々や人や動物がいて
八郎はどうしても生き物のいる土地を水に沈めることができない。

人は前代未聞の大噴火から生まれた龍に
やさしい心を与えて物語を語り継いでいったのだ。

八郎はついに日本海に達した。
人の住まない荒れ地を見つけ、そこを湖に変えて
やっと鎮まることができた。
八郎の棲む湖だから八郎潟とみんなが呼んだ。

しかしそれから1000年の後
八郎潟を埋め立てて米をつくる計画が持ち上がった。
琵琶湖の次に大きな湖だった八郎潟のまわりには
3000人の漁師が住みついていて
夏は船を出し、冬は氷に穴を開けて魚を獲っていた。
海産物に恵まれなかった秋田では
八郎潟の漁業は大きな恵みになっていたので
漁師たちは当然のように反対したけれど
結局、20年もかかって八郎潟は水を抜かれ埋められてしまった。

龍の八郎の物語は
火山の噴火という巨大な力の物語であり
ひとつの事件の墓標として語り伝えられてきたが
湖をなくした龍と龍を失った湖は
1000年後、どんな物語になって残っているだろうか。



出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
タグ:童話
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2009年10月22日

張間純一 09年10月22日放送

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21時20分のニュース
              ストーリー 張間純一
                 出演 池田成志

21時20分のニュースです。

今日未明、香川県高松市女木島に住む数人の鬼が、
岡山県に住む男と男の連れた動物によって襲撃されました。
襲撃を受けた鬼は重軽傷を負い、
一部は今も病院で手当を受けている模様です。
この事件で警察は、岡山県岡山市に住む、
無職、桃太郎容疑者24歳を
傷害の疑いで現行犯逮捕しました。

桃太郎容疑者の連れていた動物は、犬、猿、雉それぞれ1匹ずつで、
いずれも「吉備団子をくれると言ったので、ついてきた」
「鬼に対して個人的恨みはなかったが、吉備団子をもらうために仕方なくやった」
などと供述していることから、
動物については吉備団子欲しさの犯行であり、
主犯はあくまで桃太郎容疑者ひとり、との見方を強めています。

また桃太郎容疑者は警察の調べに対し
「私は桃から生まれた桃太郎。
おじいさんとおばあさんへの恩を返したくて、
鬼退治をするために鬼ヶ島にやってきた。」
などと犯行を全面的に認めており、
始めから鬼に暴行を加えるつもりで女木島を訪れたと見て、
警察ではさらに詳しい犯行の動機などについて調べを進めています。

自称「桃から生まれた」桃太郎容疑者が恩を返したいと
供述した夫婦と容疑者の間には、血縁関係はないものの、
容疑者が生まれたとされる桃を近くの川から拾ってきて
生まれる瞬間に立ち会い、名付けたのが夫婦ということや、
桃太郎容疑者も「おじいさん、おばあさん」と呼んでいることなどから、
容疑者とこの夫婦が密接な関係にあり、
夫婦がなんらかの事情を知っているとの見方を強め、
事情を聞くなどしています。

現場となった女木島は、
高松市の北約4kmの瀬戸内海上に浮かぶ周囲8.9kmの小島で、
多数の鬼が生活をしていることから「鬼ヶ島」の愛称で親しまれており、
近隣の島の住民からもなぜ鬼が襲われたのか、
驚きの声が上がっている一方、
過去に鬼が岡山県を訪れた際、
住民に暴行を加え金品を強奪したとの一部証言もあることから、
警察では事件の原因について慎重に調べを進めています。

続いて海外からスポーツの話題です。
イギリスで行われていた動物マラソン大会で、亀が優勝しました。
2位は兎でした。

おしまいに季節外れの桜の話題です。
今日午後3時ころ、東京都豊島区の路上で
「枯れ木に花を咲かせましょう」などと叫びながら
男が撒いた大量の灰の一部が通りがかった人の目に入り、
現場は一時騒然となりました。
灰を撒いたのは豊島区内に住む60代の男性で、
「灰を撒けば季節外れの桜が咲くと思って撒いた」と
語っているとのことです。

現場は春になると桜が咲き乱れる桜の名所として知られており、
近所の人の話ではこの季節に咲いているのは
ほとんど見たことがないとのことですが、
先週別の60代の男性が同様に灰を撒いたところ
満開の桜が咲いたとの目撃情報も寄せられており、
今回の男性はその男性のマネをしたのではないか、と見られております。
灰を撒いて桜を咲かせた男性によると、
「灰は昔飼っていた犬が死んだときにそのお墓に植えた松の木から
作った臼を焼いて作った灰で、なぜ先週桜が咲いたのかはわからないし、
なぜ今回咲かなかったのかもわからない」
とのことでした。


繰り返します。
今日未明、香川県高松市女木島に住む数人の鬼が、
岡山県に住む男と男の連れた動物によって襲撃されました。
襲撃を受けた鬼は重軽傷を負い、
一部は今も病院で手当を受けている模様です。

21時20分のニュース、池田がお伝えしました。



出演者情報:池田成志 03-5827-0632 吉住モータース


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


タグ:童話
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2009年10月15日

中村直史 09年10月15日放送

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「北風と太陽と男の中の男」                 
                 ストーリー 中村直史
                    出演 森一馬

強い北風が吹きだしたのは、
あばら屋の横を通りかかった時だった。
屋根の上の風見鶏が、9回回ってぴたりと止まった。
風雲、キューを告げる。

・・・上出来な駄洒落だ。
そう思いながら、ふと空を見上げるとヤツがいた。
意地の悪そうな顔をした北風のやろうだ。
大きな渦を巻き、ほっぺたを膨らませると
俺だけを狙って冷たい風を吹きつけてくる。
コートの裾がバタバタと鳴った。
俺はコートの襟を握りしめ、吹き飛ばされないようにした。
寒いから、ではない。
なぜ北風が俺をつけまわすのかわからなかったが、
負ける訳にはいかなかった。

「男は負けちゃいけない、女房以外には。」
この地方で育った男なら、
腹の中にいるときからふきこまれている言葉だ。

俺は北風に言った。
「歩きづくめで体がほてってたからな、涼しい風をありがとさん。」
すると北風のやろう、悔しそうにどこかへ消えちまった。
・・・ふっ、「風と共に去りぬ」か。

駄洒落のつもりで発した言葉が
ただの映画のタイトルでしかないと気づいた時、
今度は体が温かくなってきた。

見上げると、どっぷり太った太陽が
ニヤニヤしながら暖かい光を浴びせかけてくる。
俺はピンときた。
北風と太陽がばったり出会った。
見るとコートを着たこの俺が、ちょうど真下を歩いている。

「あの男のコートをどっちが脱がせられるか、いっちょやるか?」

事の発端は、おおむねそんなとこだろう。
自然ってやつは、すぐ人間をネタにして賭け事をはじめやがる。

あたりはすっかり暑くなった。
それでもコートは脱がなかった。
太陽は北風との賭けに勝って大金を手に入れ、
さらには「力よりも優しさが大切」なんてウソくさいプロパガンダを
世界に広めるつもりでいる。
そんなヤツに負けるようなら、一生笑い者だ。

俺は太陽を睨みつけると
「お前なんかただの燃える玉だ」と言ってやった。
この一撃は効いた。
赤い顔がさらに真っ赤になったかと思うと、
太陽は、まだ昼過ぎだというのに
いきなり沈んでしまったのだ。

突然訪れた闇の中に、
やっと自分の家が見え一安心した時だった。
行く手に、美しい女が立ちはだかった。
しかも裸だった。

「これこそまさに、立ちハダカったわけだ。」

心に浮かんだ駄洒落の出来がイマイチだ。
こんな時は決まってまずい予感がする。
裸の女は、俺の首に腕を巻きつけると
「ねえコートを脱いで。我慢できないわ。」とささやいた。

何て一日だ。
世界中が俺のコートを脱がしたがる。
俺は途方にくれた。
が、女の言った「我慢できない」の一言は、
俺に、さっきから寒かったり暑かったりで
ずっと小便を我慢していたことを思い出させた。

とろけるような眼差しで言い寄る女に一言
「ノーサンキュー」と言うと
俺は自分の家へとダッシュし
コートを脱ぎすてトイレに駆け込むと、
長い小便をした。(終)


出演者情報:森一馬 03-5571-0038 大沢事務所


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


タグ:童話
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2009年10月08日

小野田隆雄 09年10月8日放送

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バイカル湖に伝わる物語

            ストーリー 小野田隆雄
              出演  久世星佳

ロシア連邦の南、
モンゴルとの国境に近く
バイカル湖という湖があります。
このあたり、いまは、にぎやかで、
イルクーツクという大きな都会もあり、
飛行場もあります。

けれど、百年ほどまえ、
シベリア鉄道が通るまでは、
森に囲まれた小さな村がいくつか、
のんびりと、あちらこちらに、
あるだけでした。
このお話は、その頃から
伝わっているお話です。

バイカル湖のほとりに近く、
深く美しい森がありました。
細い道を森に入っていくと、
最初のうちは、シラカバやカエデが
明るい影をつくり、草花も咲きみだれ、
木イチゴや野イチゴ、そしてクルミも
みのります。その道を、奥へ、奥へ、
たどっていくと、ブナやカシワや
モミの木が、空いっぱいに枝をひろげて、
昼でも暗いほどに、立ちふさがっています。
そして、ここから奥へつながる道は、
もうありません。かすかに遠く、
木間隠(このまがくれ)にバイカル湖の青い水面(みなも)が、
ひかっています。大きな岩も立っています。
けれど、それは本当の岩ではなくて、
この森に住む、森の精のお家(うち)だったのです。

森の精は、すこし背なかが曲がっています。
銀色の、風のマントをはおり、
ブナの樹皮(じゅひ)でつくった上着とズボン、
カシワの木で作った、太く長く、
曲がりくねった杖をつき、
深緑の髪、トルコ石のような瞳。
もう、百年を二十回以上くり返すほど、
生きてきました。けれど、やさしくて、
少年のような心を持っています。
人間の少女たちが大好きで、
近所の村から少女たちが、
草の実や木の実を摘みにやってくると、
森の精は、そっと、カシワの杖で
地面をたたき、いちばん甘い
木イチゴのある場所を
教えてあげるのでした。
けれど、遠くの村から、
乱暴な猟師たちが、犬をいっぱい連れて、
ずかずかと入ってくると、
森全体がゆれるほどに、カシワの杖で
地面をたたき、ウサギやシカやキツネ、
オオカミやトラまでも、
森の奥深くへ、逃がしてしまうのでした。

まい年まい年、秋が終る頃、
森の精が、風のマントをひるがえすと、
最初の吹雪が襲来し、バイカル湖の水が、
カチカチに氷り始めるのでした。
いつもいつも、冬が終る頃、
森の精が、口笛を高く吹くと、
雪割り草の花が、咲き始めるのでした。
まい年まい年、いつもいつも……

けれど、百年ほどまえ、
森の精は岩のお家で、夢を見ました。
森のなかに、たくさんの人間が入ってきて、
オノをふりまわして、
木を倒しているのです。
動物たちが、バイカル湖へ、
群(むれ)になって逃げていきます。
そして、もっと西のシベリア平原から、
黒い巨大な龍が、火と煙を吐きながら、
長い長い二本の鉄の棒の上を
叫びながら、走ってくるのです。

シベリア鉄道が、モスクワから
バイカル湖に到着する日の、まえの晩。
ひとりの少女は、屋根裏部屋の、
小さな窓から、見たのでした。
オリオン座の三つ星の近くを、
森の精が、マントを広げ、杖にまたがり、
もっと北の、深い森に向かって、
静かに飛び去っていく姿を、
見たのでした。




*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

タグ:童話
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2009年10月01日

一倉宏 09年10月1日放送

海辺のバイク.jpg

 僕がピノキオだった頃
                 ストーリー 一倉宏
                    出演 森田成一


いつかは 話さなければと思っていた 
僕はほとんど 昔の話 こどもの頃の話をしなかったから 
君はきっと なにか隠してると 感じていたことだろう 
ごめんよ 話そうと思う 今夜は

たったひとりの身内 育ての親がいた 
時計屋をやってる 職人気質のじいさんだった
心配も 迷惑も かけっぱなしだったよ
なにしろ やっと歩けるようになったと思ったら
その足で さっさと家出をしたくらいで 
いやほんと どうしょうもないガキだったんだ 

ずいぶん ヤンチャをやった ワルもやった
その頃は <ピノキオ>っていう名前で呼ばれていたんだ
腕も足も細くて 丸顔に 恥ずかしいほどとがった鼻
脳ミソなんて ないに等しかったから
平気で嘘をついて 誘惑に弱くて すぐにだまされて

学校に払うお金は みんな使っちゃったよ
街が呼ぶんだ あのにぎやかな音と 甘い匂いで
チカチカするネオン 怪しげで おいしげな話
金なんかすぐに増やせる 金さえあればなんとでもなる
「ふしぎな野原に金を埋めておけば 一晩で 金のなる樹に」
なんて話さえ マジに信じてしまうほど 
脳ミソのない人形だったんだよ <ピノキオ>だった僕は 

まわりには まともな人間なんていなかった
ずるがしこい<キツネ>と 口のうまい<ネコ>
だまして おどして 巻き上げて 売り飛ばす
唯一 <コオロギ>だけは ほんとうの友だちだったのに
僕は裏切ってしまった その忠告が うるさかったから

君は こんな話を信じるだろうか
おとぎ話じゃない そして ディズニーの映画でもない
原作は ほんとうの<ピノキオ>の話は
もっと愚かで もっと惨めで もっと恐ろしい話だったんだ
少年時代のこの僕が 体験したように

それから 殺されそうになり 裁判にかけられ 
ますます嘘つきになり 人相が変わり サーカスの見せ物になり
女神のような存在にも会い それでも更生できずに
楽なことばかり求めて ただ遊び暮らし
そして その虚しさと自己嫌悪に 耐えきれなくなった頃

僕はやっと まともな人間になりたいと 心から願い
それを許されたんだ 
最後は クジラの胃袋に呑み込まれたような 絶望の境地で
そして じいさんにも やっと謝ることができた 
泣きじゃくりながら 人間の心で

どうかな 信じてくれるかな
信じられないだろう この 僕自身だって
思い出したくない 悪夢のような あの時代
僕はもう 二度と<ピノキオ>には 戻りたくない
僕はもう ずっとこうして ただの人間でいたいだけ
できれば …君と

嘘だと思うかい?
僕の鼻は のびてるかい?




出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


タグ:童話
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2009年09月24日

中山佐知子 09年9月24日放送

Spinnennetzpd.jpg

蜘蛛の巣に
                 ストーリー 中山佐知子
                    出演 大川泰樹              
                

蜘蛛の巣につかまってしまった。
蜘蛛はやさしくたおやかで美しくさえあった。

蜘蛛は朝起きたときから眠りにつくまで
甲斐甲斐しく私の世話をした。

冷たい山の水を汲んでは私に飲ませ
珍しい木の実やキノコで食膳をいろどった。
いつも私の顔色をうかがい
機嫌を取るような笑顔を見せた。

私は真綿でくるまれるように甘やかされて暮らし
おかげで相手が蜘蛛だということを
すっかり忘れてしまっていた。

ある夕暮れどき、
白い手を動かして
団扇の風を私に送っている蜘蛛にたずねた。
どうしてこんなに尽くしてくれるのか。

私は蜘蛛ですから、と蜘蛛は答えた。
そのうちあなたを食べてしまいます。
それはいつなのかと私はたずねた。
あなたが弱ったとき、と蜘蛛は小さな声で返事をかえした。

私はそれを信じなかった。
けれどもある晩、月からぽたんと落ちたしずくが
私の目をさました。
月のしずくは
私を案じて泣く女の涙のように思え
私は飛び起きるとそのまま何も言わずに立ち去った。

空にはふっくらとした三日月が上(あが)っていた。
下草の陰には白い糸のような水の流れがあり
それを頼りに暗い山を駆け下りたが
白い水は私を右や左に走らせるだけで
逃れる道を教えようとはしなかった。

私は薄や茅(かや)をかき分ける気力もなくし
弱り果てた自分を思い知らされていた。

やがて月が山の端に沈み
足元も見えない暗闇が訪れると
その闇の底にぼうっと光るものがあった。
青い小さな花の群れだった。
花の光を追うようにして山を下っているうちに
空が明るんできて、村里に通じる道が見えた。
道の両側はきれいに草を刈ってあり
青い花がところどころ露を置いて咲いていた。

その花をこのあたりでは月草と呼ぶのだと
後になって教えられた。
月草は月の光を食べて明るく咲き
山で迷った人をときどき助けることがあるそうだ。




出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
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2009年09月17日

小野田隆雄 09年9月17日放送

Zuto-cvece.jpg

月見草の記憶
            ストーリー 小野田隆雄
              出演  久世星佳

十二の星座と十二の花言葉を組み合わせて、
私が、人生占いを始めたのは、
三十年ほど、昔のことでした。
最近は、歌舞伎座(かぶきざ)に近い木挽町で
お客さまの運命を見ています。
私は群馬県の赤城山に近い
桐生という街の
ふつうの公務員の家庭で育ち、
東京の私立大学を出て
ある出版社につとめました。
でも、そこを二年で退社して
占(うらな)い師の勉強を始めました。
私は、私の心のなかに、
ほかのひとには、わからないことが、
見えたり、聞えたりする力のあることを、
気づいていたからです。
そのきっかけになったことを、
お話したいと思います。

桐生の街の西側を、北から南へ、
渡良瀬川が流れています。
私の家は、その川の土手の、
すぐ近くにありました。
四歳か五歳の頃、ある秋の夕暮れに、
私は、土手の上から河原を見て
突然そこにお花畑が出来たかのように、
黄色い花がいっぱい咲いているのを、
みつけました。私は土手を駆けおり、
河原を走り、咲いている花のなかに
飛び込みました。花には四まいの
黄色い花びらがあり、その背丈は
高く、花が、私の胸もとに触れました。
花の中を歩いていると、
うっとりしてきました。
かすかに、甘い香りもするようです。
そのとき、せせらぎの音に気づきました。
ひと筋の流れが、乱れ咲く花のあいだに
くねくねと続き、川のまんなかあたりの
深くて速い、大きな流れに向かって、
走っているのでした。
ふと、見あげると、黄色い丸い月も
出ています。きれいだなと思いました。
そのとたん、石ころにつまづいて、
はいていた赤いサンダルが
片一方(かたいっぽう)だけ脱げて、
水の流れに落ちました。私はあわてて
サンダルに手をのばそうとして、
流れのなかに、ころびました。
私の右足のサンダルは、ゆらゆら流れて、
深くて速い川の中央部に、
飲み込まれていくのです。
私は、悲しくなって、
しゃがんで泣きだしました。
しばらく泣いていると、
私の肩に、温かい手が触れました。
私の家の隣の、かよこさんでした。
かよこさんは、高校生でした。
美しいひとで私は大好きでした。
きっと、泣いている私を、
土手の上から見つけてくれたのでしょう。

かよこさんは、私をおんぶしてくれました。
白いブラウスの背中から、水に濡れた私の
空色のTシャツの胸に、かよこさんの
肌のぬくもりが伝わってきます。
私は、ほっとした気持で、眼を閉じました。
そのとき、突然、半鐘の音が、私の耳に、
聞えてきました。あの時代の町や村で、
火事を知らせて打ち鳴らす鐘です。
「かよこねえちゃん。
 半鐘が鳴っているよ。
 境野(さかいの)が火事になるよ」
でも、かよこさんには、半鐘は
聞えないらしく、私に別のことを
聞きました。
「よしこちゃんは、あの黄色い花が
 なんの花だか、知っていたの?」
「月見草」。私はすぐに答えました。
でも、なぜ、そう言ったのか、私にも
不思議でした。誰にも教わった記憶など
なかったからです。

次の日の朝、私は両親が
話しているのを聞きました。昨夜、遅く、
桐生市のすぐ東隣の境野の町で、
大きな火災があり、
十数軒が燃えてしまっていたのです。




*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属
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2009年09月10日

岡本欣也 09年9月10日放送

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『狼男ブログ・抜粋』

                  ストーリー 岡本欣也
                     出演 森田成一

○月○日

ボクは今日、体の異変に気がついた。
スーツを脱いだら、うっすらと体が黒い。
汚れてるのかと思ったら、そうじゃなかった。
よく見ると、こともあろうか体中に毛が生えていた。
なんだろう、この産毛。
ボクはもう毛が増えていく年じゃない。
ちなみにボクは、しがない、30男です。



○月○日

あの日、ボクに、何があったんだろう。
あの日のいつ頃、毛が生えて来たんだろう。
朝のシャワーを浴びてる時は、何もなかった。
ここ数日、そればかり考えていたけれど、
答えは何も見つからなかった。



○月○日

たぶん浮かない顔でもしていたのでしょう。
廊下で、同僚の高木さんに心配されてしまった。
ボクは彼女を密かに想っているわけで、
それゆえに相談できなかったわけで、
あいまいに微笑んでその場を去った。



○月○日

濃くなってます。
剃るようになってから、余計に濃さが増してます。
赤茶色だった産毛が、
もう産毛とは呼べない太さになってきて、
「ボク全体」の首から下を覆いつつあります。
伸びるスピードも、容赦なく加速しています。



○月○日

ここ2、3日、とてもあたたかい。
世の中的には寒い日が続いているけど、
ボクの体はまったく冬を感じません。
この体毛も、冬だけはいいかもしれません。



○月○日

もしかしたらボク、狼男かも。
ゆっくりゆっくり変身していくタイプの。
そんなタイプが、あるのかどうかわかりませんが。
とつぜんそんなことを考えたのは、
今日の夜空に満月がポカンと浮かんでいたからです。
思えばあの日も、ビルの谷間に、
爛々と輝く満月を見た・・・ような気がします。


○月○日

何か、すごい。
自分の中から体毛だけじゃなく、
エネルギーが湧いてくる。
仕事のアイデアも、おべんちゃらも、性欲も、
すべてがガンガン湧いてきて、ふきこぼれてる。
自分でも押さえられないってかんじです。


数ヶ月後の、○月○日

顔が精悍になってきたって、何人もの女から言われた。
でも高木は、オレの顔が、険しくなってきたって言ってた。
オレもそう思う。


○月○日

めんどくせえから仕事はやめる。
周りにはそう言ってまわったが、
ほんとうは体の節々が痛くて、それどころではない。
顔まで痛くなってきた。
まあ仕事をやめても、
あての女が何人かいる。
やっぱオレ、狼男だわ。


最後のブログ。

最近、
すべてが苦痛。
これ打つの10分かかった。



(終)


出演者情報:森田成一 03-3749-1791 青二プロダクション


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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2009年09月03日

一倉宏 09年9月3日放送

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調査員<カグヤ>からのリポート
                 ストーリー 一倉宏
                    出演 坂本真綾


こちら、リリ・パミューダ。コードネーム、カグヤ。

本日、太陽系第3惑星の調査を終え、月面裏の母船に無事帰還した。
詳細は追って報告するが、今回の調査結果の概要と、とりわけ印象
的だったいくつかの事実を、まずリポートする。

私の乗った探査船が、この惑星の「タケ」という植物に似せてあっ
たことは、大いに有効だったと思う。
しかし、私自身の体形が、知的生命体「ニンゲン」よりもあまりに
小型過ぎたため、疑念を抱かれる原因となった。この点に関しては、
反省と改善を必要とする。私が急速に成長することによって、その
疑念は、なんとかクリアすることができた。

いうまでもなく、私は、この惑星の環境とニンゲンたちからの情報
を吸収しつつ、適応できるようにプログラムされている。
最初に私と遭遇したのは、ニンゲンのなかでもかなり高齢な男女の
カップルだった。現地のことばで「オキナ」と「オウナ」という。
「オキナ」と「オウナ」は、はじめから驚くほど友好的で、親密な
態度で私に接した。私は、かれらの「子」として扱われた。

今回の調査で、注目すべきポイントは、主に3つある。

まずは、この「オキナ」と「オウナ」と、私との関係である。
「オキナ」と「オウナ」は、私に対して想定外の愛情を注いだ。
さらに想定外だったのは、私自身がそのニンゲン関係とうまく感応
できるようプログラムされていたため、私のなかにも「オキナ」と
「オウナ」に対し、離れがたい愛着が生じていたことだ。
事実、私は帰還予定日が近づくにつれ、制御不可能なまでの精神的
不調に見舞われた。この現象を、ニンゲン界では「泣く」という。
今回の探査での最大の障壁は、この感情だったかもしれない。

また、もうひとつの大きな誤算があった。
私の容貌について、ニンゲンたちの理想像にチューニングしすぎた
ようなのだ。つまり「美しすぎた」のである。
ありとあらゆるニンゲンの男たちが、私に対して求婚した。
ニンゲンの男の、美しい女への執着、また、理想の配偶者を得よう
とするエネルギーの大きさには、想像を絶するものがある。
この地域の貴族、王族たちが私を争い、最後は国の王までも、私に
執着した。調査活動に大変な支障となったのはいうまでもない。

これに付随して、3つめの留意点を記しておく。
国の王は、この私への執着によって、惑星からの離別、つまり私に
とっての帰還を、武力をもって阻止しようとしたことだ。幸いにも、
その軍事力は、タケや金属で構成された力学的な段階にしかすぎな
かったし、イリュージョン操作で戦意を喪失させることができた。
ただし、ニンゲンは、こんなことにさえ安易に武力を行使する。
また軍事力への関心と執着も、異常なほど旺盛である。
予想するに、このままだと、惑星があと1000回ほど太陽を周回す
るうちに、核エネルギーを知り、それを軍事力とする可能性もある。
結論として、極めて「危険な惑星」ということができる。

以上、簡単ながら、第1報とする。
無事、この「危険な惑星」の引力圏を離脱しつつ。

それなのに、なぜかまだ、私の精神的不調は収まっていない。
この現象を、「涙が止まらない」という。
   
こちら、リリ・パミューダ。コードネーム、カグヤ、より。



出演者情報:坂本真綾 03-5410-5570 株式会社フォーチュレスト


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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2009年08月27日

中山佐知子 09年8月27日

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あの人は青い瞳のそばに

                 ストーリー 中山佐知子
                    出演 大川泰樹              

あの人は青い瞳のそばにいる。
それを僕は絵はがきで知った。

絵はがきはイングランドの北の西から届いた。
最後の氷河期の形見として残された500の湖が
もの言わぬ青い瞳のように冷たく静まる場所。
それでも黄色い水仙の花畑は明るく
緑の牧草地はゆるやかにうねり
背後の深い森は神秘的な陰影を与えていたので
夏の休暇を過ごすために訪れる人は多い。

僕は湖のホテルのデッキで
ワーズワースを読むあの人を想像する。
暗記できるほど読みこんでいる古いページを
パラパラとめくりながら
目の前にある風景を賛美した詩人の言葉と実際の風景を
あの人はおそらく念入りに見較べているだろう。

あの人は青い瞳のそばで生まれて死んだ詩人の言葉を
ただ受け入れるのではなく
外科手術のように解析しているだろう。

ただ、それが
あの人のそういう行為がある種の愛情だったのだと
やっと僕にもわかってきたのだ。

あの人は青い瞳のそばにいる。
点在する500の湖を念入りにめぐる時間は
あまりにも長く
だから、あの人はもう帰ってこないのだ。

あの人がこの世からいなくなったと知らされて
数日後に受け取った絵葉書には
確かに山と森と静かな青い湖と緑の牧場が
この世のやさしい景色だけを寄せ集めたような構図で写っていたので
僕はもう、あの人の不在については考えることをやめてしまって
あの人は青い瞳のそばで
青い瞳のそばのホテルのデッキで
ずっと本を読み続けているのだと思うことにした。

ただ残念なのは
あの人はまったく興味がないのだけれど
湖を囲む山々は5億年も昔の地層の隆起から形成されており
カンブリア紀の化石が
たくさん出土するという事実を教えてあげることが
もうできないことだった。




出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
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2009年08月20日

佐倉康彦 09年8月20日放送

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同じ窓の下にいたのは
       
                ストーリー サクラヤスヒコ
                  出演  片岡サチ        

小雨の中、一時間ほど遅れて
割烹料亭とは名ばかりの、
ただ旧いだけの居酒屋に着いた。
店の一番奥にある座敷の広間、
その手前に置かれた垢抜けない行灯に、
私の通っていた高校の名前を 見つける。
かなり無理をして買った ブランド物のパンプスを、
わざと目立つ場所に置き換える。
地元のどこかのセールで買った
流行遅れの下品なピンヒールや
一度も手入れをしていないであろう
ゴム底の踵が擦り切れた
ビジネスシューズたちの中で、
私のそれだけは別の世界に あるように見えて
少しだけ満足する。

六年ぶりの帰省を考えはじめた夏の走り
唐突に掛かってきた 旧い友人からの電話。
その彼女の声に勧められるがまま、
「そうね、ついでだから」と、
同窓会の出席を、渋々、 承諾する
忙しい都会の女を演じた。
あの頃のクラスメート全員に、
会いたいというわけではない。
逆に、会いたくない人間の方が 多い。
あの頃の私がされたことを
忘れたふりができるほど、
私は諦めがよくはない。
さほど広くない座敷に三十数人ほど、
女の出席者は三割にも満たない。
「田舎でヒマだから 出席率いいんだ」
心の中で、凍るように
ひきつり嘲笑(わら)いながら、
私は、あのひとを探した。
七年前、記憶のいちばん奥の
暗くて硬いところに
塗り込めてしまった
あのひとの顔を探していた。

そんな私を目聡く見つけ
十五年前と変わらない
嬌声(こえ)で 私の名を呼ぶ
件(くだん)の友人。
彼女の声に小さく応え、
隣におずおずと座る。
座が、シラケているわけではないが、
どこか冷たく醒めた匂いが充満した座敷の
上座に 当時の担任教師がいた。
気に入ったコだけを露骨に
依怙贔屓する一方で、
出来ないコに 徹底的して冷淡だった
狐目の体育教師が、
今では、穏やかに温かな笑みを
振りまく好々爺然だ。
そして、 余りに老齢となった
担任の脆い佇まいと
そうなるまでの時間の永さに
今更のようにおののき、
じつは、自分たち自身も、
あの座敷の前に散乱する擦り切れた
靴のごとく 脆く摩滅していることに
気づきはじめているようだった。

会は恙無(つつがな)くお開きとなり、
誰もが覚束ない足取りで、
店の外へと出て行く。
もう、私は「あのひと」を
見つけることができないのかもしれない。
この日の幹事でもある友人は
出席者の忘れ物チェックで座敷に
最後まで残っていた。
その彼女を待って
「二次会、逃げていい?ゴメン…」
そっと呟く私の横で
彼女は俯いたまま、
ゆっくりと顔を上げ遠い目をしながら
独り言のように囁いた。
「七回忌、だよね…」
あまりにも自然に、なんの衒いもなく
彼女の言葉が私の中に染みこんでゆく。

足許にある
かつてのクラスメートたちに
何度も踏みつけられ、
無様な格好で転がる自分のパンプスを、
私は、黙ったまま見つめた。
「これは、私だ」
こんなところにあの頃の私がいた。
「あのひと誰だっけ?」
こちらを盗み見ながらも、
明らかに私に聞こえるように
喋っているのは、
かつて同じクラブで
一緒に絵を描いていた女だった。
「ねえ、あのひと、誰だっけ?」
そう、
私もここでは、「あのひと」なのだ。
きょう、 会うことが適わなかった
「あのひと」のまわりには、
あと数日で、
朱いリコリスの花が、いっぱいに咲く。



出演者情報:片岡サチ 03-5423-5904 シスカンパニー


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動画制作:庄司輝秋



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2009年08月13日

小野田隆雄 09年8月13日放送

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果樹園のひと
            ストーリー 小野田隆雄
              出演  久世星佳

軽井沢の西、信濃追分駅から
十キロほど北へ入った高原地帯に、
少年の母の果樹園があった。
果樹園から、さらに北の空をみると
くつろいだ牛のように
おおらかな姿をした浅間山が、
いつも白い煙を
たなびかせている。

少年の母は、十九歳のときに
彼女のいとこでもある、銀行づとめの
青年と、東京で結婚した。
少年は、母と父のふるさとである
信濃追分が大好きだった。
それは、小学六年生の、
夏休みのことだった。
もう、来年からは中学生なのだから、
今年は、ちゃんと勉強もしなさいよ。
母にそういわれて、学習帳も
いっぱいかかえて、少年は
信濃追分の駅におりた。
バスの停留所で、
母の果樹園にゆくバスを待っていると、
ひとりの少女に、声をかけられた。
「オオタリンゴ園にいくのは、
 どのバスに、乗るのですか」
少年は、そのリンゴ園が、
彼のゆく村にあることを知っていた。
なぜなら、母の果樹園の隣だから。

少女の家は、横浜にある。
少女のおじさんが、
果樹園の経営をしている。
この夏、両親と
軽井沢まで、避暑にきている。
明日、両親もこちらにくるけれど、
ひとりになりたいので、先に電車で来た。
そういうことを、ガラガラにすいた
バスのなかで、少女が話した。
少年は少女に聞いてみた。
なぜ、彼に道を尋ねたのか、と。
地元の子に見えたから、と少女はいった。
少年は、自分が信濃の少年に
みえたのかと、妙な気持になった。
村に続く道はひどくゆれて、
少女の淡いピンクのワンピースの肩が、
ときおり、少年の半袖のシャツに触れた。

いつもの少年の夏休みは、
川遊びや山遊び中心だったけれど
その夏は、それに、
小さなデートがプラスされた。
果樹園のなかで、少女と会うのである。
彼女は中学一年生だった。
そのことを知ってから、少年には
彼女がずいぶん大人にみえた。
横浜のこと、東京のこと、
中学生のこと。ふたりは、
果樹園のなかを、歩いたり、
セミを追ったりしながら、
そのような話をした。

その日は、風の強い日で
浅間山の上を、ちぎれ雲が
飛び去っていくのが見えた。
ふと、少女は立ちどまり、
果樹園に咲いていた黄色い花を、
茎ごと折って、摘み取った。
「この草は、クサノオーという名前、
 胃ガンの痛み止めになるんだって」
果樹園のおじさんに、教わったと、
少女は、花を見ながら、つぶやく。
それから、ふいに、その花を
少年の白いシャツに押しつける。
茎や葉から、そのエキスが流れて
白いシャツに、しみが出来る。
かすかに、アルカロイドの匂い。
また、風が激しく吹いてくる。
リンゴの木は強くゆれ、
まだ青い果実たちは、葉と触れあって
ガラス細工のような音をたてる。
「ゴメンネ」、と少女がいう。
そのほおを、ひと筋の、涙が流れた。

なぜだか、わからなかった。
次の日から、少女は、いなかった。
少年の記憶も、そこで終った。
遠い昔の、夏の思い出。




*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属
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2009年08月06日

一倉宏 09年8月6日

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僕のブロンドの妹

            ストーリー 一倉宏
               出演 石飛幸治

それは 夢だろうか
ひとはいったい めざめたまま 何年もいつまでも
同じ夢をみることができるのだろうか 

10年がたったいま この話をしても もう 
夢か 嘘か 冗談としか 思われないのだけれど

僕にはかつて ブロンドの長い髪の 青い瞳の 妹がいた
名前を クリスチーヌ という
14才で 158センチの背丈で 突然 僕の世界に現われ
16才で 170センチの背丈で ある日 僕の前を去った

僕が 大学生になった年 
ささやかな翻訳の仕事をしていた母は
再婚するかもしれない してもいいかしら といった
僕の幼い頃に父と別れ 女手ひとつで育ててくれた母が
ちょっと恥ずかしそうに でも嬉しそうにいうからには
どんな異存も あるはずはなかった 

相手はアメリカのひと そのひとも再婚なの
かわいい とてもかわいらしい 娘さんがいるわ
きっと仲よくなれるはず すてきな妹ができるから

それが僕の はじめてにして 唯一の妹
カリフォルニア州 サンタモニカの生まれで
ブロンドの長い髪 青い瞳の クリスチーヌ
彼女は 8月の 真昼の太陽のように明るく笑って
8月の 夕暮れの潮風のようにはにかんで話した

14才で 158センチの背丈で すこしシャイだった
和風ハンバーグと 表参道と 日本のアニメが好きだった
弓道と マイケル・ジャクソンと 日本の憲法が好きだった
パパと 新しいママも好きだけど あなたも好き
アメリカで生まれ育ったけど 日本に来てよかった といった

僕が この人生で まっすぐに見つめられて
「 I LOVE YOU 」とささやかれ キスされたのは
君が はじめてだったよ 
僕の 妹だった クリスチーヌ

あの頃の あの気持ちを 
なんていったらいいのか わからない
僕はわけもわからず 突然 秘密の宝石を渡されたみたいで
これをお前に預けるから 肌身離さず たいせつに護るようにと
厳命された スパイみたいで 

君という 君の瞳のような おおきなサファイアを 
あるいは 別のいいかたをするなら
君という 美しい 危険なピストルを

それから3年が経ち 君は170センチになり
母は なんだか無口になり
まもなく 僕らの新しい家族は 別れた

あれから10年 元気でいますか
ブロンドの 青い瞳の クリスチーヌ

別れの日 成田のロビーで 最後のハグをして
泣いてくれた 僕の妹だった クリスチーヌよ



出演者情報:石飛幸治 スタジオライフ所属 


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動画制作:庄司輝秋


タグ:あの人
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2009年07月30日

中山佐知子 09年7月30日放送

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百億にひとつの孤独

                 ストーリー 中山佐知子
                    出演 大川泰樹                   

夕日の色がなぜ寂しいのか
ときどき僕は考えることがあります。
それはきっと
七つの色の仲間を置き去りにして
たったひとり、あまりにも遠くに来てしまったのが
夕日の色だからです。

それから僕は光について考えます。
この世で最初の光と、その影について考えます。

光あれと誰かが言ったとき
影については何も語らなかった…
けれども影はどうしたって存在しています。
宇宙のはじまりの光がお互いに衝突しあって
はじめての物質ともいうべき素粒子が生まれたとき
その素粒子の影である反素粒子も生まれてしまったからです。

光の素粒子と影の反素粒子は
お互いの相手にめぐり会うことができたとき
プラスとマイナスが打ち消し合うように
消えていくことができました。

ときどき僕はその幸福を思います。
運命の相手と出会った瞬間に消えてしまうことができたら
一緒に消えることができたら
孤独というものはこの世になく
そもそもこの世というものすらない安らかな無の世界です。

けれども、百億にたったひとつ
めぐり会う相手のいない孤独な素粒子がいました。
いつまでたっても消えることのできない素粒子は
孤独をかかえたまま集まって寄り添い
その集まりからこの宇宙のすべてが形づくられていったのです。
集まっても寄り添っても寂しいのは
人も草も木も、ひと粒の砂も
もともと孤独から生まれているからだと僕は思います。
だから僕たちはひとりひとりが
冷たい石のような孤独を
抱きしめても決してあたたまらない孤独をかかえたまま
最後まで生きていかなければなりません。

あなたはひとりでなくてもひとりです。
そして僕もひとりです。

赤い大きな夕日がもうすぐ沈むと
あの親しみ深い夜がやってきます。
僕たちはその夜のなかで一緒に、そして別々に
自分の寂しさを味わいつくしましょう。

孤独こそすべてのはじまりであり
孤独でないものは何も生み出すことはありません。




出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
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2009年07月23日

山本高史 09年7月23日放送

800px-People_Shadow.jpg


             ストーリー 山本高史
               出演  山田辰夫


奥さん、影ですよ、と。
だいじょうぶ、なにも売りつけたりしませんよ、と。
今日はちょっとしたクレームに参りましたよ、と。

広告会社にお勤めのご主人、頑張ってらっしゃいますねえ。
男はよく働いてたくさん稼ぐ。それがいちばん。ところがですねえ。
この間ご主人がおつくりになったチョコのCM、見ましたよ。
女子高生たちが♪ウチらのハートはドキドキ、って縄文式土器から出てくるやつ。
ものすごいインパクトでした。
こんなことどんな頭が思いつくんだろうな?ってね。
こんなの通すクライアントもクライアントですが、考えるほうの責任ですわな。

ふ〜(鼻息)。ここまではいいんですよ。少なくとも私の問題じゃない。
そんでね、歌の続きの♪ちょっと「カゲ」あるいい男〜のテロップが、
陰気の陰じゃなくて、私の影、シャドウですわな、その影になってたんですよ。
私、陰気の陰じゃないですから。私、シャドウですから。
最近パソコンで文章書いたりすると、こういう誤字多いですけどね、
陰気とシャドウの違いもわからないのは、誤字じゃないですから、
誤脳ですよね、脳みその脳。

よくね、私のこと暗いっておっしゃる。誤脳の人、おっしゃる。
陰気とシャドウの区別もつかないお宅のご主人のような方、おっしゃる。
奥さんもきっと、思ってる。仲良きことは美しきかな、
えぇえぇ、そうですよね、似た者夫婦。
ところがどっこい、あなた方大間違い、残念賞。
ヤツはそうなのよ、陰と陽って言うでしょ、ヤツは暗い、陰気の陰だから。
その勢いで、光あるところ影がある、なーんて私のことおっしゃる。
ところが私、暗くないです。ぜーんぜん暗くない。
光の下ですよ、太陽の下ですよ、私のいる場所。
光り輝くシャンデリアの下ですよ、私のいる場所。

暗闇で見ました?陰気な雨の日に、私いましたっけ?
明るくまぶしい場所にしか、私いませんから。
真夏の砂浜の上に、胸のふくらみも腰のくびれもくっきり浮き出た影が、
暗いですか?ヤフオクでは、その影だけでも売ってくれ、って
マニアが高値をつけてるんですよ。

あのね、影はむしろ光ですよ。私は光の子ですよ。
つまり♪ちょっとシャドウあるいい男〜じゃねえ、
太陽の高い晴れた真っ昼間の短い影のことですぜ、奥さん。
ご主人がそれを言いたかったんなら別ですがね。へへへ。

ではこの辺でおいとましますよ、と。もうすぐ夜ですからね、と。
暗い夜が怖いんですよ、私。消えちゃいますから。
最後に関係ないこと一つ、いいですか。
奥さん、かわいいですね。奥さんの影になっちゃおうかなあ。
影のように付きまとえるしね。あ、これは、私の「影」でいいんです。
しつこく付きまとうのは、シャドウ。





出演者情報:山田辰夫 03-3352-1616 J.CLIP


shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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2009年07月16日

神谷幸之助 09年7月15日放送

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渚にて。

                   ストーリー 神谷幸之助
                      出演 地曳豪

子犬に激しく吠えられて、ビックリして目が覚めた。
一緒に午睡をしていた彼女も悲鳴をあげた。
牧羊犬のボーダーコリーだ。
羊に吠えるように、僕らにまとわりつく。
誰のペットなんだよ。

地元の人が多いこの小さなビーチは、
昨日、都会から来た僕らに、冷たかった。
話しかけても誰も答えてくれない。
時々目が合って、愛想良く微笑んでも
すぐかわされた。

のどが乾いて
「すみません、ビールください」って、海の家でお願いしても
「なめんなよ!」って叫んでも。
全員に無視された。

ぼくらは、孤独だった。
閉鎖的なビーチ。

だから
僕は彼女とふたりで、
海で遊ぶしかなかった。

彼女は、泳ぎが得意ではなく、むしろ金槌だった。
水を怖がって、海には入ろうとしなかった。
それを無理矢理ゴムボートに乗せて沖に引っ張って行き
キャーキャー騒ぐ彼女と笑いあった。
ビーチのみんなに冷たくされても、
けっこう楽しかった。

それはビーチに戻ってきて
雲に隠れていた
太陽の強烈な陽射しが戻ってきた時のことだった。

(女性)「ここからふたつのエンディングをお楽しみください。
    まず、エンディング/タイプAをどうぞ」

太陽の強烈な陽射しが戻ってきた時のことだった。

僕の彼女に影がないことに気がついたのは。

え、どういうこと?

そして、僕にも影はなかった。

体を動かしたり、手を振っても
影はない、てか、できなかった。

その瞬間すべてが瓦解し、すべてが理解できた。

思いだした。
昨日、僕と彼女はこのビーチで
彼女を沖につれだしたとき溺れ、
それを助けようとした僕も溺れたんだ。

ライフガードにビーチまで上げてもらったけど。
人工呼吸をしてくれたんだけれど。
だめだった。

僕と彼女は、死んだ。

ビーチのみんなが冷たかったのではない。
みんなに、僕らは見えなかった。

犬だけが、僕らのに気づいたんだ。
ぼくらの「存在」を知っているのは、キミだけだったんだね。
ありがとう。

(女性)「次のエンディング/タイプBをお楽しみください。」

太陽の強烈な陽射しが戻ってきた時のことだった。

影があるのは、僕と彼女だけ。

そのほかこのビーチにいる全員に影がないことに気がついた

あのおじさんも、あのビキニの娘にも、この小さな子にも。

そこは、死の国だったんだ。
死者たちの海水浴。

犬は、この死のビーチの番犬。
こう吠えていたんだ。

「こっちに来ては行けない。出て行け!」




*出演者情報:地曳豪
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2009年07月09日

小野田隆雄 09年7月9日放送

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影踏み遊び

            ストーリー 小野田隆雄
              出演  久世星佳

「影踏み」という遊びが、
明治時代の初めまで、あったそうです。
月の明るい夜に集まって、
ジャンケンをして鬼を決め、
鬼になった子供が
ほかの子供たちを追いかける。
そして、影を踏まれたら、
新しい鬼になる。
この遊びでは、ひとりの影は、
ひとつしか出来ないことが、
大切な条件になります。
ガス燈も電気もなかった時代、
ほんとうの闇(やみ)が、まだ、生活のなかにあった頃、
夜の月の光にクッキリと見える影が
子供たちの心を、謎めいた興奮につつみ、
ドキドキさせたのかも知れません。

私が月明かりだけで、初めて
自分の影を見たのは、十九の夏でした。
場所は長野県の、白馬(はくば)の山の奥にある
小さな小学校の、夜の校庭でした。
いまから、もう、四十数年も、
昔のことです。当時、私は、
池袋にある私立大学の仏文科の一年生で、
人形劇のサークルに入っていました。
この人形劇サークルは、
夏休みになると、
全国に巡回公演に出かけます。
そしてその年は、長野県の白馬(はくば)の奥の
小学校に、泊りがけで行ったのでした。

その夜は、人形劇の公演が終った日の
最後の夜でした。
小学校の先生や村の助役(じょやく)さんたちに
村役場の会議室で、お別れの
パーティーをやっていただいて、
村はずれにある小学校まで、
夜(よ)も更ける頃に、帰ってきたのでした。
私たちのメンバーは、
女性が私も含めて五名、男性が七名。
この小学校の教室に昨日(きのう)の夜も、
ふとんをしいて眠りました。
そして、明日は東京に帰るのです。
最後の夜、私たちは草の茂る校庭に出て、
手をつないで円陣をつくりました。
サークルの会長が、あいさつをして、
それからみんなで歌いながら、
フォークダンスを踊りました。
なにも明かりのない校庭で、
十五夜に近い月の光を浴びながら。
強い風が吹いています。
小学校の後(うしろ)の山で、クヌギや
ヤマザクラの木がゴウゴウと
音をたてて、揺れています。
フォークダンスを踊りながら
私は地面にうつる自分の影を
みつめました。影は私と同じように、
脚をあげ、手を振り、踊っています。
そのときでした。
いつも道化役の人形を使う
二年のK君が
フォークダンスの輪を離れて、走りながら、
みんなの影を踏み始めました。
そして逃げました。誰かが彼を追いかけ、
その影を踏み返しました。
それから、フォークダンスの輪は乱れて
私たちは、おたがいの影を踏む遊びに
夢中になってしまいました。
私は、ひそかに、三年生のMさんを
追いかけました。建築学科の男性です。
でも、なかなか、その影を踏むまで、
追いつくことが出来ません。
それでも彼は、やっと私に気づいて、
走るスピードをゆるめてくれました。
私は、そっとMさんの影の、
胸のあたりを踏みました。
オー、痛イ。と彼が笑いました。

ええ、おっしゃるとおりです。
私は卒業するとすぐに、
Mと結婚しました。
それから、ずーっと、一緒です。
私が彼の影になったのか、
彼が私の影になったのか。
いまでも、月のある夜に、
ふたりで歩くこともあります。



*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属


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動画制作:庄司輝秋


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